Studien und Konzertetden nach Capricen von Paganini, Op. 3 & 10 (98/9/10 記)
 

“悪魔と契約したヴィルトオーゾ”という風評は、パガニーニの演奏家としての評価を高めることはあったかもしれませんが、作曲家としての才能を誤解させていたかもしれません。 パガニーニが詩的な作曲家でもあり、ヴィルトオーゾヴァイオリニストでもあるという、ふたつの才能をあわせもった人物であることを認めた、最初の音楽批評家がシューマンであったように思われます。 シューマンは次のように書き残しています。

Paganini ist der Wendepunkt der Virtuositt.
(パガニーニはヴィルトオーゾのターニングポイントであった。)

パガニーニにとって、作曲と演奏−−−すなわち、創造とその解釈というふたつの行為は不可分のものであったのでしょう。 このことに気がついた作曲家はたくさんいるようで、シューマンだけではなく、ブラームス、ラフマニノフなど多数の作曲家がパガニーニの主題を用いた曲を残しています。 そのような曲を最初に書いたのが、他ならぬシューマンだったわけです。

Paganini (9K)
Niccolò Paganini (1782-1840)

シューマンが、パガニーニのヴァイオリン演奏を聴いて、ヴィルトオーゾ・ピアニストへの道を歩もうとしたことは、あまりにも有名です。 そして、パガニーニの技巧的な作品を、ピアノ曲の世界に持ち込もうとしたのが、ここで紹介する練習曲です。

Studien fr das Pianoforte nach Capricen von Paganini(パガニーニの奇想曲の主題による練習曲、op. 3)および Sechs Konzertetden nach Capricen von Paganini fr Klavier (パガニーニの奇想曲の主題による6つの演奏会用練習曲、op. 10)は、名前の通り、いずれも、Paganini 作曲の Caprices (op. 1)から主題を得た作品になっています。 Paganini の作品との対応は次の通りです。

 
Op. 3
Op. 10
第 1 曲
No. 5
No. 12
第 2 曲
No. 9
No. 6
第 3 曲
No. 11
No. 10
第 4 曲
No. 13
No. 4
第 5 曲
No. 19
No. 2
第 6 曲
No. 16
No. 3


Studien fr das Pianoforte nach Capricen von Paganini (op. 3) には、シューマン自身が、演奏の手引きを楽譜につけています。 ここに書かれているのは、ひとつひとつの音を同じ強さで同じように弾くことやリズムを大切に正確に弾くことなど、おろそかにはできない基本的なことが多数を占めています。 このことから、op. 3 の練習曲は、チェルニーなどの練習曲と同じ性格をもった、基本的な練習曲を念頭において作られたものと思われます。 しかし、その一方で、蝶々(Papillon, op. 2)の最終曲の終結部(譜例6)と同じような、スラーでつなげられた音が消えていくことで響きを変えていく手法についても言及があるあたりは、シューマンらしいところです。 シューマンによれば、この例は、第3曲とともに練習すべき内容なそうです。

一方、Sechs Konzertetden nach Capricen von Paganini fr Klavier (op. 10) のほうは、あくまで、演奏会用の作品として組み立てられています。 パガニーニのヴィルトオーゾを生かす単旋律が、美しく飾られています。 しかし、ヴァイオリンとピアノとでは、表現技巧が大いに異なるためもあって、ヴァイオリンで演奏される Paganini 原曲では、ヴィルトオーゾらしく聞こえるテーマも、ピアノでは単調に聞こえてしまうところもあるようです。 当然のことながら、原曲のテーマには、シューマン特有のシンコペーションにあふれたリズムがありません。 その意味で、美しい旋律がありながらも、シューマンらしい味わいに乏しいと感じる方も多いでしょうし、他のヴィルトオーゾ用のエチュード(例えば、ショパンのエチュードやリストの超絶技巧練習曲)と比較して、ちょっとさびしい感じもします。 しかし、この曲の精神は、他の曲の中にとりこまれているように思えてなりません。 二本の手…すなわち 10 本の指で、白黒の鍵盤上で成し遂げられるポリフォニー、各種の装飾音への可能性の追求ということです。 交響的練習曲(op. 13)や幻想曲(op. 17)ウィーンの謝肉祭の道化(op. 26)で、それを端的に感じるのは私だけでしょうか。

残念なことに、この曲は、あまり録音がありません。 私の手元にあるのは、Karl Engel および Jrk Demus の全集のものだけです。 どちらかというと、Karl Engel の演奏が、素直に曲を演奏しているように思います。 フランクル、ジャノリによる演奏もあるとのことですが、未聴です。

Paganini 24 Caprices, Piano accompaniment by Robert Schumann

パガニーニの原曲に、シューマンがピアノ伴奏をつけています。 1855 年、シューマンは、エンデニッヒの精神病院(脳病院)に入院して、小康状態を得ていたころに、パガニーニの奇想曲の全ての楽譜を手に入れております。 そして、最後の 24 番(残念なことに、この最後の 24 番が最も有名な曲なのですが)を除く全ての曲に、伴奏をつけています。 幸いなことに、このピアノ伴奏付きのパガニーニの奇想曲は、Ingof Turban (Vn) / Giovannni Bra (Pf) で録音されています(Claves, CD50-9416)。 これを聴くと、パガニーニのヴァイオリン弾き&作曲家としての非凡な才能と、それに共感して反応したシューマンの情愛が浮かび上がってくるような気がします。 先の op. 3 & 10 に興味を持った方は、パガニーニの原曲のみならず、このシューマンによるピアノ伴奏版をお聴きになることをお勧めします。
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