Papillons, Op. 2 (98/8/22 記)
 

Papillons (蝶々、あるいはパピヨン、op. 2)は、op. 1 と同様に変奏曲の形をとっています。  この作品は、シューマン自身が、ジャン・パウルの小説「生意気ざかり」 を例にとった注釈を加えており、この曲を舞踏会にたとえています。 このことは、マルセル・ボーフィス著の「シューマンのピアノ音楽(日本語訳:小坂裕子・小場瀬純子、音楽之友社、pp. 48 〜)」 に詳しいので、ここでは割愛します。 テーマと 12 個の小曲からなっています。

ユニゾンの序奏に引き続き、テーマとなるモチーフ(譜例1の右手全て)が、最初に、オクターブの連続で鳴り響きます。 シンコペーションのリズムが、モチーフに応答します(譜例2)が、譜例2の最初の2小節はシンコペーションのリズム(赤丸で囲ってある)で、その後は普通のスラー(緑丸で囲ってある)であることに注意してください。 譜例2でのリズム感の変容が、シューマンらしいところだと思います。 譜例2の後には、テーマが再現して、第1曲が終わります。

   譜例1 モチーフ
Motif (4K)

   譜例2 モチーフに対する応答 
Responce (4K)
第2曲は一転して、豪快なアルペジオで始まり、軽快なリズムで終わります。 舞踏会の最初の軽い興奮を表しているのでしょうか。 第3曲で、舞踏会の暗転したかと思うと、第4曲では、娘たちの登場なのでしょうか。 明るく軽いリズムが登場します。 このリズムは軽快ですが、意外に弾きにくいリズム(譜例3:赤丸)で、油断するとうまく弾けずに崩れてしまい、曲の美しさが損なわれてしまいます。 拍子が3/8であること考えれば、うまく弾けずに崩れてしまいやすいことがわかっていただけるでしょうか。 こういった付点音符の使われかたは、シューマンらしいのリズムといえましょう。 以降、譜例では示しませんが、いたるところで出てきます。 こういうリズムが崩れることなく弾かれているかどうかが、演奏の良否を決めるポイントです。 名だたるピアニストでも、きちんとリズムがとれていない録音がけっこうあります。 また、譜例3:緑丸で示したオクターブの弾き方も、考慮を要するところです。 あまり下のリズムが強調されすぎると、音の響きが粗雑になります。 かといって弱すぎると、リズム感がわからなくなってしまいます。 けっこう微妙な感じがしています。 私なんかではうまく弾けません。

   譜例3 シューマンらしいリズム (赤丸で囲ってある)
Rhythm (4K)
舞踏会は、絶え間なく、時に明るく、時に優雅に、つなげられていきますが、クライマックスとなる終曲では、シューマンらしいポリフォニーが見受けられます。 譜例4は、終曲の冒頭のファンファーレです。 このファンファーレが、譜例5に示すように、最初の譜例1のモチーフといっしょに組み合わされています。 赤の部分が、終曲のクライマックスのテーマ、緑の部分が、最初のモチーフです。 スペースの関係で、譜例には示しませんが、これらの掛け合いは、曲が終了するまで(具体的には、譜例6の直前まで)ずっと続きます。 そして、ここが、この曲の最大の聴き所でもあります。 アベッグ変奏曲では、はっきりしませんでしたが、この曲では、早くもシューマンの特徴とも言える、ポリフォニーの美(声部の組み合わせの妙)が提示されていると言えるでしょう。 こういうポリフォニーの美は、ここでは、非常に単純な形で提示されていますが、クライスレリアーナや交響的練習曲では、より複雑かつ多声にわたるかたちに発展していきます。

   譜例4 Finale のモチーフ
Finale Motif (4K)
   譜例5 Finale のモチーフと最初のモチーフとの掛け合い
Thema and Finale motif (9K)

また、ABEGG 変奏曲でも出てきたように、音を抜いていくことで、その音をイメージする手法が、この曲の最後にも出てきます(譜例6)。

   譜例6 音が消えていく和音 − 終結部 
Finale (4K)
さて、お勧めの演奏ですが、若干録音が古くなってしまうのですが、Sviatoslav Richiter の演奏(CD: Deutsche Grammophon 435 751-2)を第一にお勧めします。 以上に挙げてきた、リズム感についても、良い出来ですし、ダイナミックな表現も、シューマンの楽譜の指示通りです。 他の演奏に比べて、メリハリの利きすぎた印象をお持ちの方もいらっしゃると思いますが、先に挙げたシューマン自身の説明に、良くあっていると言えましょう。 沈黙と跳躍・・・といった、要素を含んでいる曲ですが、リヒテルは、非常にうまく、その沈黙を表現することに成功していると言えましょう。 沈黙の表現がうまいがゆえに、全体が引き立っています。 私が唯一リヒテルで気に入らないのは、譜例6の最後の和音の響かせ方ですが、私の再生装置のせいかもしれません。 次点の演奏としては、私の手持ちでは、カール・エンゲルを挙げたいと思います。 ただし、首位のリヒテルとは、大差があるように思えます。 録音が悪いことを気になさらないのであれば、コルトーも候補にあげられるでしょう。 このほか、私の手持ちには、館野泉、イヴ・ナット、イェルク・デムス、クラウディオ・アラウ、ケンプなどの演奏がありますが、お勧めは上記の3点です。 皆様のお勧めがあったら、ぜひ教えてください。

(以降 98/9/27 追記)

伊藤恵さんの演奏(シューマニアーナ3 Fontec FOCD2525)は、複数にわかれて進行していく和声の響かせ方が、とても美しい演奏です。 Richiter の演奏が、沈黙の演奏のうまさで聴かせるとすれば、こちらは鮮烈で華麗な動きの良さで聴かせる演奏と言えましょう。 Richiter に次いで、推薦できる演奏だと思います。

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