ROBERT SCHUMANN の指の故障・死因の謎?(その1) (98/4/26 記)
 

1. 疑問の数々

R. Schumann の年譜(生涯)に掲載するための年表を作成していたら、いくつもの疑問がわいてきました。 最初の疑問は、下の部分です。

        
1831 年
( 21 才) 
        
作曲法を Heinrich Dorn に師事。
1日6〜7時間をピアノの練習に費やす生活。
右第2・3指の障害に気づき、
治療を試みるがことごとく失敗する。
この指の機能障害は、
 (1) 進行性梅毒の初期症状
 (2) 指の強化のために用いた器具による障害
などの説がある。
Papillons op. 2 fr Klavier.

「指の強化のために用いた器具」って何だろう? という気持ちもわいてはきますが、右の第2・3指の障害というところに、より一層の疑問を覚えました。 パガニーニの超絶技巧のバイオリン演奏を聴いた Robert は、パガニーニのようなピアニストを目指したわけです。 私が不思議に思ったのは、右手の、しかも第2・3指に障害が生じたことです。 ピアニストが、超絶技巧をこらす演奏をする際に、自分の思うとおりに指が動かなくて困るのは、通常、左手で、第4・5指がほとんどです。 もちろん、右第4・5指で困ることもあるわけですが。 しかし、力の弱い左手を強化するための練習曲集がいくつも存在することからも、通常は、左第4・5指が強化の対象になることは、容易におわかりいただけるかと思います。 私は、自分が寝ぼけて変な訳をつけたのかと思って、何度も Von Gunther Spies 著 "Reclams Musikfuhrer --- Robert Schumann" を見直しましたが、確かに左手ではなく、右の第2・3指と書いてあります。

どんな器具を使うのかはともかくとして、右の第2・3指を強化するなんてことが、あるのだろうか? と思いましたが、年譜作りを急がないと、翌日の更新に間に合わないので、先に進みました。

ご存じの通り、(ご存じない方は、年譜を見てください ^^) Robert は、晩年にライン川に投身自殺を図りますが、幸い救出されます。 しかし、そのまま精神病院に入院し、一度も退院することは、ありませんでした。 年表には書かなかったのですが、経過中、何度か危篤状態に陥ることがありましたが、そんな時でさえ、Clara は、面会に行こうとしなかったそうです。 およそ2年間の入院生活の中で、Clara が Robert を見舞ったのは、臨終間際( 2 日前)の 1 回だけだったそうです。 Brahms を初めとした友人たちでさえ、瀕回に見舞っているにもかかわらず。 結婚に至る熱愛や、その後の 14 年間に 8 人の子供をもうけていて( 10 妊 8 産 とのこと)、 Robert が自殺未遂事件を起こしたときにも、子供がお腹にいたことを考えると、なぜ、Clara は、Robert に会いに行かなかったでしょうか? かいがいしく看病しそうな気がしませんか?

さらに疑問は深まります。 自殺未遂を計って、身体が衰弱したとはいえ、精神障害が原因で、人間が死ぬことがあるのでしょうか? こうみえても n'Guin は(ヤブですけど)医者ですから、一通りのことは、勉強させられています。 もちろん、うつ病などの回復期に発作的に自殺することはあるでしょう。 しかし、Robert の場合は、自殺ではありません。 全身が次第に麻痺していき、死に至っています。 このような経過は、精神分裂病や躁うつ病といった精神障害ではなくて、何らかの器質的疾患(器質的疾患とは、ものすごく簡単に言えば、解剖すれば目に見える変化がある病気のことです。 例えば、ガンだとか、脳出血だとか)による、引き起こされた(随伴的な)精神障害を思わせます。

ここまできて、最初の疑問がふと頭をよぎりました。 指の障害に始まり、精神症状がでてきて、さらに死に至る病 --- 梅毒 --- の可能性です。 n'Guin は小児科医なので、特殊なタイプの梅毒(先天性梅毒)しか、実際には、見たことがありません。 しかし、確かに、Robert の全ての症状(精神障害も含む)は、梅毒という病気で、全て説明できる可能性があります。

しかし、もしも、全てを梅毒ということで説明できることなのでしょうか? 皆さんご存じのように、梅毒は、性行為感染症です。 この病気は、かなり特徴的な発疹(おできの親玉と思えばいい)を出すので、比較的容易に回りからうかがい知ることができます。 Robert が、指の障害を呈したのが、1831 年で、Clara と結婚したのは、1840 年です。 聡明な女性 Clara が、それに気がつかずに結婚したのでしょうか?

また、Robert が梅毒であれば、Clara に感染していたと考えたくなります。 もしそれが本当なら、なぜ Clara は長生きできたのでしょうか? 梅毒は、垂直感染(母から子へ感染すること)の可能性がありますから、子供たちはどうなるのでしょうか? 疑問は広がる一方です。

現代においては、梅毒は、Robert が生きていた時代のような難病では、ありません。 抗生物質の投与で、容易に治療できる病気です。 おそらく、現代の日本で、Robert のような患者に出会うことはないでしょう。 今まで書いてきたような疑問を解決するためには、梅毒という病気を無治療で放置した場合の経過(Natural Course)を知る必要があります。 私の頭の中には、そんな知識はありません。 梅毒の古い文献を探す旅に出る必要があるようです。

(to be continued...)

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