Kraviertrio Nr. 1, Op. 63 (2000/3/5 記)
 

Robert は、ピアノとヴァイオリン、チェロのための三重奏曲を4つ書き残しています。 それらのうち3つはピアノトリオ(Kraviertrio Op. 63, Op. 80, Op. 110)と名付け、もう1曲は幻想小曲集(Fantasiestücke, Op. 88)としています。 これらの中で、Kraviertrio Nr. 1 (ピアノトリオ第1番 , Op. 63)は、もっとも演奏される機会が多い曲のようです。

第一楽章は、悲痛な悲しみを歌う旋律で始まります。 この冒頭の旋律から、Robert らしさが漂います。 下の譜例1の赤丸の部分はタイでくくられています。 冒頭から、小節のアクセントが第2拍に移動させられています。 このリズムが不安を誘います。 翌小節は、四分音符4つで構成されて、小康状態を思わせる安定があり、その次の小節第1拍目の sfz で、安定したかに思わせられますが、その直後に副付点音符様のリズム(譜例1の青線部)があり、再度、不安の底に落とされます。 譜例1の最終小節は、譜例1の冒頭の再現になっており、不安は募るばかりです。 この譜例1の冒頭をいかにうまく表現するかで、この曲の演奏の評価が決定づけられるといっても過言ではありません。 この部分がうまく表現されないと、後にどんな演奏をしようとも、安らぎを覚える第2主題とその終止(トリルがある部分)が生きません。 不安による緊張とその緩和こそが、この曲の主題なのです。

  譜例1
Kraviertrio Op. 63-1 (3K)

赤丸は、タイを示す。 
青線部は、タイにより、付点四分音符+16分音符+16分音符となり、
あたかも副付点四分音符+16分音符(+16分音符)のような効果がある。

第一楽章では、譜例1の第一主題による不安と緊張が、第二主題の終結処理であるトリル様の修飾音(譜例2)によって緩和されるというのが基本的なパターンであり、これが全編を通じてふりまかれています。 これらの主題は、ヴァイオリンだけではなく、チェロやピアノによっても奏されて、対位法的な手法がうまく組み合わせれているようです。

  譜例2
Kraviertrio Op. 63-2 (2K)

赤丸は、トリル様の後打音を示す。 
青線部の音の前打音にも留意。

第2楽章は、Lebhaft, docho nicht zu rasch と指定されており、スケルツォに相当する楽章になっています。 第一楽章とはうってかわって、明るく、はずむようなリズムで構成されています。 ちょっと聴いていると、簡単そうに聞こえますが、譜例3に示すような落とし穴がまっています。 スラーの部分とスタカットの部分との組み合わせで、スタカットの部分は、一音ごとにアクセントがつけられ、アクセント側のほうが、メロディラインになっています。 このアーティキュレーションを指定された速度で弾くのは、弦楽器にとっては、ちょっとつらいわけですが、つらそうに弾いたら、曲が台なしです。

  譜例3
Kraviertrio Op. 63-3 (3K)

スラーがない音符は、全てスタカットがついている。
赤線部の音の高音部には、アクセントがついていることに留意。

第3楽章は、悲しみにあふれていますが、やわらかく、もの静かな描写が続きます。 クララが作曲した後期作品のような、優しさを感じてしまいます。(それは私の気のせいかも?) 第4楽章は、第3楽章から切れ目なく演奏されます。 Mit Feuer (火のように)という指示からもわかるように、これまでの暗さや悲しみはなく、喜びにあふれた、はなやかな楽章です。 この楽章でも、第1楽章と同様に、副付点音符やアクセントによる拍子移動の手法がとられていますが、喜びにあふれた曲想もあって、その演奏は自然で容易に感じられます。 全楽章を通してみると、最終楽章は、待ちこがれた春の喜びの表現ともいえましょう。

さて、おすすめの LP/CD ですが、私にとって、長いこと、この曲のスタンダードは、Das Beaux Arts Trio の録音(Philips 6700 051, 2 LPs)でした。 カップリングは、その他の Robert のピアノトリオと、Clara のピアノトリオ(Op. 17)です。 Jean Hubeau と Via Nova SQ による Schumann 室内楽全集は、本当に優れた全集ですが、この曲に関しては別で、Das Beaux Arts Trio の孤高の座はゆるぎませんでした。 即物的な解釈でありながら、第1楽章の緊迫感といい、最終楽章の喜びといい、申し分のない演奏です。 入手可能であれば、お勧めの一枚です。

最近、相次いで、優れた演奏が上梓されています。 ひとつは、The Florestan Trio による録音(hyperion, CDA 67063)です。 日本では、泣かず飛ばずのようですが、1999 年の Gramphone Award を受賞した好演です。 ライナーノートによれば、先の Das Beaux Arts Trio の再来と騒がれているそうで、さもありなん、と私は独りで、ほくそえんでいます。 第2楽章で、わずかなアンサンブルの乱れがあるのが傷ですが、楽譜を相当知らなければ、わからない程度のものです。

前二者がどちらかというと即物的な解釈ですので、逆をいくものとして、Altenberg Trio Wien (Arcade Classic, 85558)をあげておきましょう。 カップリングは他のピアノトリオと幻想小曲集(Op. 88)、そして、ペダル付きピアノのための6つの練習曲 Op. 56 のピアノトリオ編曲版(これ1曲のために、この CD を買う方もいるでしょう。)です。 細部にいたるまで、ロマンティックで美しい響きを出すことに注意が払われています。 それゆえ、前二者を先に聴いていると、第1楽章の緊迫感が弱いのですが、緊迫感はありませんが、悲しみはむしろ強く漂ってきます。 これもお勧めです。

ここまで書いて、推薦盤がどれも輸入盤ばかりで、国内盤がひとつもないことに、気がつきました。 やっぱり、マイナーなんですね。 ちなみに、私の手持ちは、有名ソリストの組み合わせ版がないので、9種類しかありません。 これから、この手の演奏もそろえてみようかと思います。

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