Fumoreske, Op. 20 (その1) (01/07/22 記)
 

Humoreske は、ひと旗あげようとして、ウィーンに滞在していた時期に作曲された作品で、Robert 自身によれば「笑いよりも涙に満ちた作品」とのことです。 「ドイツ語のフモレスケという言葉は、フランス人には理解できないものです。 Gemütlich(なごやかでくつろげる、家族のように親密で情緒にあふれた)とか、Schwärmerlich (夢中になって興奮しているさま)と Witzig(機知に富んだ)を適切に融合した言葉である Humor のように、ドイツ的なものに完全にねざしたものや概念に対して、フランス語には相応した適当な用語がないというのは困ったことです。」という Robert の説明は、有名です。

Wöterbuch der deutsche Gegenwartssprache (全6巻もある独独辞典) によれば、Humorとは、以下のように記されています。

  1. gelassene Heiterkeit, die den Menschen befähigt, in schweren Situationen eigene und fremde Schwächen zu belacheln und den Mut zu bewahren,
  2. Spaß, Scherz, Witz!,
  3. veraltend Laune, Stimmung, etw
1. と 2. とは、機知やユーモアを意味していますが、3. は気分や機嫌の変転を意味しています。 この 3. の部分が、Robert がいう Humoreske とかかわっているのでしょう。 余談になりますが、今でも医学用語として Humor というのは残っています。 これは患者の機嫌や雰囲気を意味する用語として残っています。 Humor が悪いというのは、生後 2 - 3 か月までの新生児・乳児では、気をつけるべき兆候ですが、英語では、一語で表現できず、not doing well と表現しています。 Robert の指摘と同じようなことが、現代でも残っています。 つまり、気分や機嫌が移り変わりが、この曲には必要なのです。

閑話休題。 この曲は、形式面から見ても、極めて特異だといえます。 小さなモチーフがもつれあうように存在し、それらを切れ目なく演奏されるようになっています。 さらに、モチーフは変奏曲のように出現してきますが、単なる関連ではなく、思わぬところで新しい旋律が浮かび上がってきたり、途中で中止されたりしていきます。 テンポも調性も大胆かつ頻繁に変化していきます。 このように、散漫でまとまりのないものになりやすいこの曲ですが、全体としては、Robert らしい魅力的なモチーフに魅惑されていく曲だといえましょう。 明確な区切りをおかないものの、おおきくわけて6つの部分からなるとみることができます。

  1. Einfach
  2. Hastig
  3. Einfach und zart
  4. Innig
  5. Sehre lebhaft
  6. Zum Beschluß

  譜例1
Humoreske Op. 20-1 (5K)


赤丸が、スラー付きのスタカットの内声部を示す。 
赤線のところで、全てのスラーがとぎれることに注意。

最初の部分である Einfach のモチーフを上の譜例1に示します。 クララのテーマといわれる5度の下降調がメロディ(例えば、譜例1の2小節目の G-C)や内声部にみられており、Robert らしい美しいモチーフです。 しかし、ここで着目したいのは、他のことです。 まず、内声部のスラー付きスタッカートです。 なんて面倒な指示なんでしょう。 ぱらぱらと小雨のように弾きなさいということなのでしょう。 また、譜例1の縦の赤線で示したように、3小節目の2拍目と3拍目の間で、スラーが完全にとぎれます。 普通なら、スラーが譜例1全体にかかっていて、3小節目の第1拍目にかけて、曲想を盛り上げるところです。 このとぎれたスラーの指示は、途中で、気まぐれに気分を変えましょうと読めます。 この差を、MIDI ファイルで作成してみました。

Humoreske Op.20
楽譜の指示通り・譜例1の赤の縦線の区切れを生かす


Humoreske Op.20
楽譜の指示を無視・譜例1の赤の縦線の区切れ無し

いかがでしょうか。 上の譜例1の区切れを生かすほうが、気まぐれな感じがうまく表現されることに気がつかれることでしょう。 なんと、この曲では、最初のワンフレーズで演奏の良し悪しが、ある程度、推測できてしまうわけです。 譜読みをしてみると良くわかりますが、Humoreske は非常に複雑なシューマネスク構造(モチーフのからみあい)をしています。 私が気がついたのもほんの一部だけなのでしょう。 だから、最初のワンフレーズの解釈がいいかげんなぐらいだと、シューマネスク構造の解釈などおぼつかないわけです。 最初のワンフレーズさえ聴けば、演奏が Robert の意図に共感した演奏なのか、そうでないかだけは解ることでしょう。 そして、Clara が弟子たちに、いつも言っているように、Robert は、たった一つの線やドットでさえも、無駄な記号は書いていないのです。

さて、最初の部分である i. Einfach の構成を考えてみると、下のようにまとめられるようです。

i. Einfach

  1. Einfach (Semplice)
    • モチーフ(1)提示 (譜例1)
    • 中間部
    • 終結部(Etwas lebhafter):モチーフ(1)の再現+終結
  2. Sehr rasch und leicht
    • モチーフ(2)提示
    • 中間部(モチーフ(2)繰り返しの後)
    • 終結部(モチーフ(2)の再現)
  3. Noch rascher
    • モチーフ(3)提示(フェルマータまで):進行形式(1)の萌芽(譜例2)
    • 中間部
    • モチーフ(3)再提示(リズム変形あり)およびその発展
    • モチーフ(3)再々提示(リズム変形なし)
  4. Erstes Tempo
    • モチーフ(2)再提示およびその発展
  5. Wie im Anfang
    • モチーフ(1)再提示およびその発展

さて、上表の 1. Einfach 自体が三部構成になっていて、モチーフ(1)−中間部−終結部(モチーフ(1)の変形)となっています。 次の 2. Sehr rasch und leicht も同様です。 これらの 1. と 2. は、どちらも Robert らしい、魅力にあふれたモチーフが主体となっています。 1. ではゆったりとしたおとなしい雰囲気が漂います。 その一方で、2. では、はつらつとした感じがします。 1. と 2. とは、対照的になっているわけです。 それに続く 3. Noch rascher は、まるでただの間奏部のような、単調なモチーフ(譜例2)です。 同音が続き、リズムだけがよすがになってしまいます。 どこに魅力を見いだしたらよいのか、迷うぐらいです。 しかし、これは、Robert の策略なのです。 これから、この同音が続く進行を、『進行形式(1)』と呼ぶことにしましょう。

  譜例2
Humoreske Op. 20-2 (5K)


赤丸は、全て D 音。 青丸も同音の連続であることに注意。

この後に続く部分では、再度モチーフ(1)・(2)が再提示されて、i. Einfach の部分は終結します。 ここまで譜読みが進むと、i. Einfach の部分が、名前とは裏腹に(Einfach とは『単純な、素朴な』という意味)非常に複雑な構造になっていることが解ります。 先の表を書き直すと、下記のようになります。 ごらんになってわかるように、三部形式が入れ子の状態になっています。 大きく見ると、A−B−C−B'−A' ですが、A〜Cがそれぞれ三部形式になっています。 さて、『進行形式(1)』が、なぜ Robert の策略なのかは、次回、示すことにしましょう。

モチーフ(1) − 中間部 − モチーフ(1)の変形終結 a-x-a' の構造 
モチーフ(2) − モチーフ(2)の展開 − モチーフ(2)の変形終結 b-b'-b'' の構造 
モチーフ(3) − モチーフ(3)の展開 − モチーフ(3)の変形終結 c-c'-c'' の構造 
B'モチーフ(2)の再提示+展開 
A'モチーフ(1)の再提示+展開 

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