Fantasie, Op. 17 (98/5/16 記)
 

R. Schumann は、Fantasiestcke (Op. 12, Op. 88 など)、Fantasie という題名を好んで使いましたが、Fantasie (幻想曲、Op. 17)そのものは、この曲だけです。 この曲は、当初、Sonata として作曲され、それぞれの楽章に、廃墟(Ruinen)、先勝記念品(Trophen)、栄光(Palmen)という副題が与えられていたそうです。 しかしながら、出版社の意向もあって、曲名は "Fantasie" に変更され、副題を取り除かれました。 その代わりに、冒頭に、Friedrich von Schlegel の詩の一部が掲げられました。 この詩のひそかに耳をそばだてている人とは、Clara のことなのだろうなぁと思うのは、私の邪推でしょうか。(脚注を参照してください)

Durch alle Tne tnet
Im bunten Erdentraum
Ein leiser Tone gezogen
Fr den, der heimlich lauschet.
F. Schlegel
あらゆる音をつらぬいて、
色とりどりの大地の夢の中に
ひとつのひめやかな音が
ひそかに耳をそばだたている人だけに響きわたる。

さて、形式的に、この曲は Sonate といえるものでしょうか。 第一楽章はソナタ形式で書かれているとされています。 かなり自由に書かれており、展開部が終わって、Im Legendenton (伝説的な音調で、とでも訳せばよいのか?)と書かれた挿入部があります。  第二楽章は、ロンド形式で行進曲風の展開をみせています。 第二楽章の主要主題は、第一楽章の第一主題との関連があるように思えます。 それでいて、第三楽章は、緩徐楽章といってよいほどのゆったりした曲想です。 通常、このような緩徐楽章が最終楽章になることはありません。 やはり、この曲は、Sonate とよばれる楽曲形式にははまりきれない自由な曲だといったほうがよさそうです。

この曲でも、副付点音符の多用や、本来の拍子からのアクセントポイントの逸脱がみられます。 これらは、いつものことなので、いちいち楽譜を引用して説明することは、止めにしておきましょう。 譜例1に第一楽章の冒頭を示しました。 聞いていただければ、すぐにわかりますが、この冒頭を聞くだけで、ハ長調だと解る方はいないのではないでしょうか。 この調性がはっきりしない感じは、幻想的なイメージを高めるのに役立っていると思います。 作曲家別名曲解説ライブラリー (23),シューマン(音楽之友社)の解説によれば、この手法はワーグナーのトリスタンとイゾルデで脚光をあびるようになった手法なそうです。 楽譜を読むより、聴いていただいたほうがわかりやすいので、冒頭部の MIDI を作成しましたので、聴いてみてください。

  譜例1
Fantasie, Op.17 (7K)


Fantasie Op. 17 より
第一楽章 冒頭

譜例2は、第二楽章からとったものです。 本来の拍子からのアクセントポイントの逸脱がここでもみられますが、譜例2では、右手(上声部)と左手(下声部)とで、アクセントポイントが、微妙にずれている(16分音符1つ分)ことにご着目ください。 交響曲などのオーケストラ作品でも、このようなリズム構成が、良く出てきます。 演奏する立場に立ってみれば、非常に合わせにくいことは、おわかりいただけるでしょう。 この部分は、この曲の聴かせどころであると同時に、演奏家のリズム感を評価するのに最適な場所です。 はっきり言うと、演奏家泣かせと言えるでしょう。

  譜例2
Fantasie, Op.17 (7K)

作品番号順に、おすすめの曲を書いてきていますが、Fantasie, Op. 17 を書いていて思うのは、この曲が Robert にとっては、ひとつの転機ではないかと思うのです。 初期の名作といわれる綺羅星のような作品群が、Carnaval, Op. 9 から Kreisleriana, Op. 16 まで続いていますが、その流れからまた一段の跳躍が顧みられるのが、この Fantasie, Op. 17 ではないかと感じてならないのです。 音のタペストリとでも比喩することが適当だった Carnaval, Op. 9 から Kreisleriana, Op. 16 までの流れと異なり、主要旋律の謡いあげが、光明になってきているように感じるのです。 すなわち、この跳躍は、歌曲への流れに他なりません。 同じようなことを、Fantasiestcke, Op. 12 の後半部でも感じますが、Fantasie, Op. 17 では、それをいっそう感じるのです。

さて、おすすめの録音ですが、この曲はけっこう有名な曲なので、たくさんの録音があります。 これまでに聴いた演奏から心に残っているものをあげれば、Gerhard Oppitz(BMG 0926-60856-2)の録音でしょうか。 良く言えば模範的、悪く言えば、教科書的な演奏という感じです。 次いで、お勧めできるのは、Dnes Vrjon(Naxos 8.550680)の演奏でしょうか。 これら以外では、伊藤恵、Martha Argerich、Vladirmir Ashkenazy、Yves Nat あたりが次点の候補でしょうか。 次点のなかでは、Argerich が面白いのですが、聴いているとこちらが疲れてくるのが難点というか・・・。 正直申し上げると、この曲の面白さや良さを、本当に開眼させてもらえる演奏に、私がまだ出会っていないような気がしてならないのです。

開眼させてもらえる演奏に出会いました!
追補をごらんください。

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脚注: フィッシャーディスカウ著の「シューマンの歌曲をたどって」によれば、Robert 自身の説明によれば、『ひとつのひめやかな音』が Clara を示しているそうです。
私の邪推では、『ひとつのひめやかな音』をたてているのは、この曲を作曲した Robert で、それの真意を聞き取っているのが Clara ということです。

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